君はジッグラトをみたか?
高校世界史の教科書は、
「オリエントと地中海世界」から始まる。
最初に掲載されている写真が
ウルのジッグラト。
ジッグラド(聖塔) シュメール人の都市国家ウルの遺跡にある、復元された煉瓦づくりの塔。
王や神官は、正面と側面から階段をのぼったところにある祭壇で年の神をまつった。
『詳説世界史B』山川出版頂上にウルの守護神である月の神をまつる神殿があった。基壇は当時のもの。
『世界史B』東京書籍
でも…
「復元」って、誰がどこを復元したんだろう?
ジッグラトで検索しても、知りたい情報には出会わない。
英語ならと思って、Zigguratで検索。
あった!
ウィキペデイアも和文と英文では、
ずいぶんと内容が違うじゃないか!
遺跡は1920年代と1930年代にレナードウーリー卿によって発掘されました。
1980年代のサダムフセインのもとで、それらはファサードと記念碑的な階段の部分的な再建によって包まれました。
ジッグラトは1991年の湾岸戦争で小火器の砲撃によって損傷を受け、その構造は爆発によって揺さぶられました。
近くに4つの爆弾クレーターが見られ、ジグラットの壁は400を超える弾痕によって傷つけられています。
「復元」を命じたのは、サダムフセイン。
「復元場所」はファサードと階段。
(ファサードとは、建物の正面外観のこと)
●NHKスペシャル 四大文明 メソポタミア
この番組は、書籍化されている。
松本建 編著『NHKスペシャル 四大文明 メソポタミア』(2000年)
ウルのジッグラト取材の様子を引用する。
遺跡の手前でイラク軍による検問を受ける。
緊張しつつ検問を通過して遺跡の中に入ると、目の前に、天に向かってそそり立つ巨大なジッグラトがそびえていた。
大きさは基礎の部分が61×41メートル。
現在の高さは15メートルもあり、頂上に向かって正面、側面に長い階段が設けられている。
ウルのジッグラトは、現在二層の階段状だが、もともとは三層であり、
頂上には月の神ナンナルの神殿が築かれていたという。
人類の遺産ウルは湾岸戦争による痛々しい傷跡をとどめていた。
ジッグラトの正面左側と、左側側面に、400を超える穴があいている。ある場所は連続して、ある場所は点々と散らばりながら、
穴の直径は2センチに満たないものから10センチの大穴まであった。現地の係官によると、多国籍軍の戦闘機から発射されたミサイルが近くに着弾し、
破片が飛び散ってできたものという。
また、ウル周辺に駐屯したアメリカの兵士らは遺跡を掘り返し、
不届きにも「土産物」を持ち去ってしまったとも語る。
頂上に上ると、城壁に囲まれた都市の遺構全体が見渡せる。
都市は南北1030メートル、東西690メートルの卵形をしていた。
多くの遺構が崩れ、土に埋もれ、あるいは風化していても、
広大な遺跡を目の前にすると、
太古の都市のありようがうっすらと瞼の裏側に浮かび上がってくる。
なるほど!
ウィキペデイアとも合致する。
いいなぁ。上ったんだ。
2000年といえば、湾岸戦争の後、イラク戦争の前になる。
今はどうなんだろう?
●世界一美しいウルのジッグラト
「進め!中東探検隊」の記事に写真があった。
「現在は階段を登ることはできない」とある。
写真を見ると、観光客らしい男性が写真を撮っていて、
階段の途中にはフェンスらしいモノが見える。
そうかぁ。上れないんだ…。
でも「当時のもの」って、
どの部分が「当時のもの」なんだろう?
そう思ってウィキペディアの写真を
もう一度よく見る。
あれ!
頂上に人がいる。
それに頂上の部分は、ゴツゴツしていて階段や正面部分と違う。
「1980年代のサダムフセインのもとで、それらはファサードと記念碑的な階段の部分的な再建によって包まれました」
そうか、このゴツゴツした部分が「包まれた部分」
ということは「当時のもの」じゃないか?
●ウルのジッグラト(復元前)
ウィキペデイアに…
「遺跡は1920年代と1930年代にレナードウーリー卿によって発掘されました」
とあるなら、写真があるかもしれない。
今度は、ウィキメデイアコモンズを探してみた。
以下全ての画像はパブリックドメインです
出所はアメリカ議会図書館。日付は1932年。
これかぁ!
でも、ウィキペディアの写真には人が写っていたけど
誰が登ったんだろう?
そう思ってウィキメデイアコモンズを見ていたら、
ウィキペディアと同じ写真があった。
「2005年にイラクのアリ空軍基地でジッグラトで撮った写真です。米軍兵士が撮影」
そうか!
この写真は、イラクがアメリカに占領されていたときに撮ったんだ。
ウィキメデイアコモンズを探すと
出てくる、出てくる!
第17消防旅団の米兵が2010年5月18日、偶発作戦基地追加部近くのイラク、ウルのジッグラトの階段を上っていきます。
2010年5月19日
2007年1月19日、米国国防長官ロバートゲイツ国防長官がイラクのウルのジグラットを巡るツアー。
Gene Gen中尉、Renuartは2007年1月19日、イラクのウル大ジグラットの頂上から風景を眺めています。
頂上に上ると、城壁に囲まれた都市の遺構全体が見渡せる。
都市は南北1030メートル、東西690メートルの卵形をしていた。
多くの遺構が崩れ、土に埋もれ、あるいは風化していても、広大な遺跡を目の前にすると、太古の都市のありようがうっすらと瞼の裏側に浮かび上がってくる。
ゲイツ国防長官やGene Gen中尉、それにNHKのクルーがみた景色。
僕も、ちょっぴり見た気になった。