ゆうぞう⭐高校世界史を学び直す

佐藤優『読書の技法』を読み,「高校世界史」の“学び直し”を決意するが,神教科書の「難しさ」に心が折れそうに.そこで…図書館通いと歴史書の乱読を開始♪勉強を始めました🖍現在は「知識のアウトプット」を目指し「高校世界史の教科書を解説する」 YouTubeチャンネルを公開中です‼

楔形文字からアルファベットへ‐文字の古代オリエント史

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上の画像は
大英博物館に所蔵されている
楔形文字タブレット
当時の「書類」だね(^_^)

さて…
山川の世界史教科書の第1章のタイトルは
「オリエントと地中海世界

第1章で
「文字についての解説」があるのは
次の5カ所

シュメール人が始めた楔形文字が多くの民族のあいだで使用され、言語が異なってもみな粘土板に刻んだ楔形文字を使用するようになった。
 (19ページ)

・彼らが使用したエジプト文字には、碑文や墓室・石棺などに刻まれる象形文字の神聖文字(ヒエログリフ)と、パピルス草からつくった一種の紙(パピルス)に書かれる民用文字(デモティック)とがあった。
 (21ページ)

線文字Bはミケーネ時代のギリシア人がクレタ文明の線文字A(未解読)に学んでつくった音節文字で、イギリスのヴェントリス(1922~56)らが解読した。
 (29ページ)

フェニキア人の文化史上の功績は、カナーン人の使用した表音文字から線状のフェニキア文字をつくり、これをギリシア人に伝えて、アルファベットの起源をつくったことにある。
 (22ページ)

・そのためアラム語が国際商業語として広く使われるようになり、アラム文字は楔形文字にかわってオリエント世界で用いられる多くの文字の源流となった。
 (22ページ)

今日のテーマは…
「文字の古代オリエント史」

さっそく教科書の解説
始めるよ♪

シュメール人が始めた楔形文字が多くの民族のあいだで使用され、言語が異なってもみな粘土板に刻んだ楔形文字を使用するようになった

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楔形文字の歴史は2千年以上あって
上の画像からわかるように

その間に
かなり変化している。

教科書の説明は簡潔だけど
疑問点はある。

①「楔形文字」とは、どんな文字?
②「言語が異なっても…」って、どういうこと?
③「多くの民族」って、どれくらい?

①「楔形文字」とは、どんな文字?

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この画像は
「最古の楔形文字」といわれるもの。

シュメール人
紀元前3200年頃に描いたもので
ウルク古拙文字」という。

字体は「楔形」とはいえない。
ウルク古拙文字は
具体的な線描で描かれた「絵文字」だった。

楔形文字表語文字や音節文字として
意味だけでなく「音も表す」ようになったのは
紀元前2500年頃のこと。

千以上あった文字数は
最終的には200字程度にまで縮小された。

しかし…

1字が多くの音を表したりするので
音声補助文字や
意味を明確にする限定詞が使われて

文字の仕組みは複雑だった。

【②「言語が異なっても…」って、どういうこと?】

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シュメール人都市国家抗争を終わらせて
「統一」をもたらしたのは…
アッカド人(セム語派)のサルゴン王。

前2334年にアッカド王国を建国して
メソポタミアを統一した。

勝者であるアッカド人は
シュメール人の文字(楔形文字)を採用した。

当たり前だけど…
言語と文字は違う!

言語は文字なしで存在する
ことが出来るし

ひとつの文字体系は
複数の言語を表現することが出来る。

アッカド文字は
アッカド語の表記に合うように
改良された楔形文字だ。

しかし…

アッカド人は
シュメール人の文化をリスペクト。

シュメールの文学を集め
書写・翻訳にも熱心だった。

そのような伝統を背景に
アッカド語による文学作品がつくられた。
有名なのは「ギルガメシュ叙事詩」だ。

ちなみに…

アッカド語とは
狭義にはアッカド王国の「古アッカド語」のことだが

広義には後に分化した
バビロニア語(方言)とアッシリア語(方言)を含む。

言い換えれば
アッカド語とはアッカド諸方言の総称だ。

【③「多くの民族」って、どれくらい?】

前18世紀には

バビロン第1王朝の6代目
ハンムラビ王が
メソポタミア全域を支配。

彼らが話していたのはバビロニア
もちろん
アッカド語楔形文字が使われていた。

他にも…

ヒッタイト王国ヒッタイト
ミタンニ王国に関わるフリ語
・カッシート王国を滅ぼしたエラム人のエラム

などで
アッカド語楔形文字は使われた。

なんと…

前14世紀の
古代オリエント世界は

エジプト以外
全ての地域の言語で
アッカド語楔形文字が使われていたのだ!!

 

●彼らが使用したエジプト文字には、碑文や墓室・石棺などに刻まれる象形文字の神聖文字(ヒエログリフ)と、パピルス草からつくった一種の紙(パピルス)に書かれる民用文字(デモティック)とがあった

神聖文字(ヒエログリフ)

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神官文字(ヒエラティック)

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民用文字(デモティック)

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エジプト文字には
ヒエログリフ筆記体である
「神官文字(ヒエラティック)」があった。

つまり

エジプト文字は
神聖文字(ヒエログリフ)
神官文字(ヒエラティック)
民用文字(デモティック)の3種類ある。

なのに…
教科書は「ヒエラティック」について書かれていない。
古代エジプトでの日常的文字だったのに。

…なぜだろう?

(ちなみに、3種類の文字は外見が違うだけで、機能は変わらない)

ヒエログリフが使われ始めたのはいつ頃か?】

ヒエログリフ
いつ頃使われ始めたかについては
まだ解明されていない。

しかしウルク古拙文字」の出現が
ヒエログリフに先行したことは確からしい。

ヒエログリフは一見すると
絵文字のように見えるが、

意味を表す文字だけでなく
発音を表す文字も含んでいる。

エジプト人シュメール人から
表語文字表音文字という「発想」を借用したのだ。

【最初のアルファベットはエジプトで生まれた!】

エジプト人は「頭音法」によって
ヒエログリフに「子音文字」の性格を持たせた。

「頭音法」とは
記号の最初の子音だけを文字として使う原理。

例えば…
(bw)と読まれた「脚」の記号は
子音文字(b)として使うことになる。

このようにして作られた
子音文字(単子音記号)は
ヒエログリフ約700文字中26文字ほどある。

これは
まさに「アルファベット」だ。

アルファベットとは
「個々の音素(子音または母音)を個別の記号(文字)で示す表記体系」だから。

最初にアルファベットを考案したのは
古代エジプト人だったのだ!

ただしヒエログリフでは
子音文字(単子音記号)は
表語文字・音節文字・決定詞とともに使われた。

エジプト人書記は…

子音文字単独の文字体系(アルファベット)に気づきながら
それを独立させる考えはなく
複雑な文字体系を維持し続けたのだった。

●線文字AB→フェニキア文字→アラム文字

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                       【フェニキア文字

まず
教科書の説明を「順番に」
抜き出してみる。

・そのためアラム語が国際商業語として広く使われるようになり、アラム文字は楔形文字にかわってオリエント世界で用いられる多くの文字の源流となった。
 (22ページ)

フェニキア人の文化史上の功績は、カナーン人の使用した表音文字から線状のフェニキア文字をつくり、これをギリシア人に伝えて、アルファベットの起源をつくったことにある。
 (22ページ)

線文字Bはミケーネ時代のギリシア人がクレタ文明の線文字A(未解読)に学んでつくった音節文字で、イギリスのヴェントリス(1922~56)らが解読した。
 (29ページ)

「アラム文字→フェニキア文字→線文字AB」の順になっている。

しかし
文字の歴史という観点から言えば
真逆の方向から見直した方が理解がしやすい。

そこで
「線文字AB→フェニキア文字→アラム文字」という順に解説してみる。

【線文字Aと線文字B

線文字Bはミケーネ時代のギリシア人がクレタ文明の線文字A(未解読)に学んでつくった音節文字で、イギリスのヴェントリス(1922~56)らが解読した。
 (29ページ)

前二千年頃
地中海交易で富を獲得したギリシア人は
巨大な宮殿を中心とする文明を興した。

クレタ島などを拠点とした
この文明をクレタ文明」という。

クレタ島ギリシア人は
1850年頃には
エジプトにまで市場を広げた。

迅速な会計記録のため
ビブロスの音節文字を借用して
生まれたのが「線文字A」である。
(出土例が少ないこともあって未解読)

クレタ文明は…

南下してきた別のギリシア人(アカイア人)
によって前1400年頃に滅ぼされ
「ミケーネ文明」に取り込まれた。

線文字B
線文字Aを発展・洗練させた
ミケーネ文明の頃に使われた文字である。

クレタ文明の線文字Aも
ミケーネ文明の線文字B
音節文字であった。

しかしミケーネ文明が崩壊すると
どちらの文字も使われなくなった。

音節文字は「1字が1つの音節(子音と母音の組み合わせ)を表す文字」だ。
「子音の集まりが多い」ギリシア語の表記には向かなかったのである。

ギリシア人が
再びギリシア語を記録するのは

フェニキア人から
フェニキア語を借用して改良を加え
ギリシア文字」を作ってからのことになる。

フェニキア人とアルファベット】

フェニキア人の文化史上の功績は、カナーン人の使用した表音文字から線状のフェニキア文字をつくり、これをギリシア人に伝えて、アルファベットの起源をつくったことにある。
 (22ページ)

ミケーネ文明が滅亡した後
ギリシア人の後を継いで
地中海貿易の覇者となったのが
フェニキア人だ。

教科書は…

フェニキア人は、フェニキア文字ギリシア人に伝えて、アルファベットの起源をつくった」
と、説明する。

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上の「主要な文字の系統図」をみてみよう。

ギリシア文字のアルファベットは
エトルリア人を通してローマ人に伝わってラテン文字となり
現代ヨーロッパ文字のアルファベットになった。

しかし…

フェニキア文字のアルファベット以前には
原カナン文字・原シナイ文字・エジプト聖刻文字のアルファベットがあった。
まとめると次のようになる。

 

↓エジプト聖刻文字のアルファベット
↓原シナイ文字のアルファベット
↓原カナン文字のアルファベット
フェニキア文字のアルファベット
ギリシア文字のアルファベット
エトルリア文字のアルファベット
↓ラテン(ローマ)文字のアルファベット

 

アルファベットの“起源を作った”のは
フェニキア人ではなくエジプト人だ」
ということがわかると思う。

「原シナイ文字のアルファベット」とは
セム語を話す人たちがエジプト人の真似をしたか
彼らが独自に考案したかして作った
セム語の子音字アルファベット」をいう。

教科書の「カナーン人の使用した表音文字」とは
「原カナン文字のアルファベット」だ。

前1050年以降
原カナン文字のアルファベットは
フェニキア文字やアラム文字のアルファベットなどに分かれていった。

上の画像に戻って
フェニキア文字】を見てみよう。

絵文字と違って
曲線が少なくて複雑な形ではない。

「線状のフェニキア文字」の
「線状」とは、そういうこと。

より少ない直線で書けるから
書くスピードも速くなる。

アルファベットでは
文字自体に意味はない。

ひとつ、あるいは複数の文字が組み合わせて
「単語」になったときに「意味」をもつ。

このような…

話し言葉を記録する「方法(仕組み)」
を「アルファベット」という。

アルファベットを使えば
表語文字(漢字など)のように
何百もの文字を覚える必要はない。

30文字程度あれば
どんな言語も記録できた。

文字が「誰にでも使えるもの」になったのだ。


「山川の世界史教科書」の説明は
次のように言い換えるとわかりやすくなる。


フェニキア人の文化史上の功績は、カナーン人の使用した表音文字から線状のフェニキア文字をつくり、これをギリシア人に伝えて、アルファベットの起源をつくったことにある。 (教科書 22ページ)
                    ↓
フェニキア人の文化史上の功績は、アルファベットを採用してフェニキア文字をつくり、これをギリシア人に伝えて、アルファベットが広がるきっかけをつくったことにある。

【アラム文字はなぜ広まったのか?】

・アラム人は前1200年頃からダマスクスを中心に内陸都市を結ぶ中継貿易に活躍した。
 そのためアラム語が国際商業語として広く使われるようになり、アラム文字は楔形文字にかわってオリエント世界で用いられる多くの文字の源流となった。
 (教科書 22ページ)

 

上の【主要な文字の系統図】をみてみよう。

アラム文字は
フェニキア文字の直系だ。

 

前10世紀頃
よりアラム語の表記に向いた
「アラム文字」が作られた。

前8~7世紀には
アラム文字はエジプトを除く
古代オリエントで最も使われる文字となった。

さらにアラム文字は
ヘブライ文字アラビア文字の起源となり
インドやさらに遠い地域の何百もの文字の起源となっている。

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文字の存続や影響力を決めるのは
使う人の経済力と権力だ。

教科書のいう「内陸都市を結ぶ中継貿易」とは
ラクダを使った隊商貿易(キャラバン)だ。
これはアラム人の独壇場。

政治的には敵対して
アラム人の都市国家を滅ぼしたアッシリア王国も
ラクダを使った隊商貿易」に依存していた。

アッシリ王エサルハドンの「エジプト遠征」も
ラクダを使った隊商貿易」を仕切る
アラム人の協力がなけれ不可能だった。

古代オリエントにおいて
これほど経済的に影響力を持った民族はいなかったのである。

●「文字の種類」について

教科書は「表音文字」「音節文字」という用語を使っている。
“文字の種類”について、まとめてみた。

(文法の解説みたいで退屈だけど
この知識がないと文字の歴史はわからない。)

                 ┌音素文字(アルファベット文字)
            ┌表音文字
            │    └音節文字(かな文字)
表す音が決まっている文字┤
            │
            └表語文字(漢字)

音を表すことがない文字 ─ 表意文字(絵文字) 


表音文字表語文字の共通点は、
どちらも「表す音」が決まっていること。

「A」なら「エイ」だし、
「は」なら「ハ」と、
表す音(読む音)が固定される。

漢字も「青」なら「アオ」か「セイ」と読むから、
表す音(読む音)が2つに固定される。

表意文字は「音を表すことはなく
意味だけを表す文字」のこと。

例えば「絵文字」
照れ笑いをしている絵文字は
“照れ笑い”という“意味”は表現するが
「へへへ」とか「うふふ」という音は表さない。

表音文字表語文字の違いは、
文字自体が意味を持つかどうか。

表音文字
文字自体に意味はない。

「d・e・s・k」
「つ・く・え」のように…
文字が特定の順序につながって(単語になって)
意味を持つ。

これに対して漢字のような
表語文字は文字自体が意味を持つ。
1字が意味だけでなく、音も表す文字だ。

下に…
音素文字と音節文字の違い
まとめるけど、

なんかしっくりこなかったら
「アルファベット文字が音素文字で、
かな文字のような文字が音節文字」
という感じでとりあえず問題ない…。

音素文字】─
・1字が1つの音素(子音または母音)を表す文字
・多様な言語音を表すことが可能

【音節文字】
・1字が1つの音節(子音と母音の組み合わせ)を表す文字
表語文字で表しにくい固有名詞などの表現が容易

●参考文献

・桑原俊一「文字の起源‐古代オリエントの文字からギリシア・アルファベット文字へ‐」
 『北海学園大学人文論集』42(2009年)

・渡辺和子「メソポタミアの文字の歴史」
 『四大文明メソポタミアNHK出版(2000年)

・スティーブン・R・フィッシャー/鈴木晶(訳)
 『文字の歴史』研究社(2005年)

・佐藤育子/栗田伸子
 『通商国家カルタゴ講談社(2009年)